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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)137号 判決

東京都大田区調布大塚町六〇二番地の二

原告

株式会社田中商会

右代表者代表取締役

田中四郎

右訴訟代理人弁護士

渥美俊行

東京都大田区調布大塚町四番一二号

被告

雪谷税務署長 中野善夫

右指定代理人

野崎悦宏

片山雅準

掛礼清一郎

鈴木茂

堀井善吉

右当事者間の法人税等更正決定取消請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

「大森税務署長が原告に対し昭和四一年六月二七日付でした原告の昭和四〇年二月一日から昭和四一年一月三一日までの事業年度の法人税更正処分および過少申告加算税賦課決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文と同旨の判決

第二原告主張の請求原因

原告は、昭和四〇年二月一日から昭和四一年一月三一日までの事業年度の法人税につき課税標準欠損一二八万八、九〇四円と確定申告し、その後昭和四一年五月四日課税標準欠損九八万三、一四五円と修正申告したところ、大森税務署長は、原告が田中英雄に対する貸付金三五二万二、五八二円および三祐建設工業株式会社に対する約束手形金二三万円を貸倒れとして損金に算入したことを否認し、右二口の債権合計三七五万二、五八二円と修正申告にかかる欠損九八万三、一四五円との差額二七六万九、四三七円を課税標準と認定し、昭和四一年六月二七日付で、右課税標準を二七六万九、四三七円、税額を九三万四、四五〇円と更正し、あわせて、過少申告加算税四万六、七〇〇円の賦課決定をした。

しかし、右各処分は、次の理由により違法であるので、その取消しを求める。すなわち

(一)  田中英雄は、家庭電気製品の販売を営んでいたが、経営不振に陥り、原告会社に対する右債務のほか取引先等に対する合計六五〇万五、五六三円の債務を支払わないままで、昭和四〇年一二月頃行方をくらませてしまつた。まつとも、同人の原告会社に対する右借入金三五二万二、五八二円のうち三三六万五、七六八円については、原告会社の代表取締役田中四郎の保証がついてはいるが、四郎は、英雄の実父であり、英雄の取引先等に対する前記債務についても保証をしていて、自己の預貯金、生命保険の解約による返戻掛金、親戚知人からの借入金等によつて該保証債務を弁済したために、原告会社に対して英雄の借入金の保証債務を履行するだけの資力はなく、四郎が大田区調布大塚町において所有している宅地一八七・五三平方メートル(五六・七三坪)および二階建の店舗兼住宅一棟床面積一七五・四〇平方メートル(五三・〇六坪)も、その建物の一部を原告会社が賃借し、営業所に使用していてこれを他に売却処分し得ない関係にあるので、資産としての価値は乏しく、また、原告会社からの月額三万円の賃料も、昭和四一年一月までの間に一〇五万円が支払われないままになつている。かような事情から、原告会社は、英雄に対する前記貸付金三五二万二、五八二円全額を回収不可能と判断した次第である。

また、三祐建設工業株式会社は、破産、解散してしまつたので、原告会社の同社に対する約束手形債権二三万円が回収不能となつたことは、多言を要しないところである。

そこで、原告会社は昭和四一年一月二〇日株主総会において田中英雄および三祐建設工業株式会社に対する各債権を放棄することを決議し、同日それぞれ書面をもつて右放棄の意思表示をなし、前記のとおり右二口の債権合計三七五万二、五八二円を貸倒れとして損金に算入したものであり、この処置は、もとより適法たるを失わない。

(二)  本件更正処分にはその通知書に更正理由の付記を欠く違法がある。

原告会社は、青色申告書提出の承認を受けた法人ではないが、昭和三五年事業年度以降青色申告書の用紙(もつとも、本件係争事業年度については、白色申告書用紙)をもつて法人税の確定申告をなし、大森税務署長も、原告会社を青色申告法人として取り扱つて来たし、青色申告法人と白色申告法人との実質的相違は、会計帳簿の整備の有無にすぎないので、税務関係機関が税務行政の適正円滑を期するため青色申告制度の活用を強く推奨している趣旨に鑑み原告会社のごとく、青色申告書提出の承認を受けていない法人であつても、現金・預金に関する出納帳ならびに総勘定元帳等が整備している限り、青色申告法人として取り扱うべきであり、また、現に取り扱われている以上、本件更正処分については法人税法一三〇条二項の適用があるものと解すべきである。しかるに、大森税務署長が本件更正通知書に更正の理由を付記しなかつたのは、違法というべきである。

(三)  ところで、雪谷税務署長は、大森税務署長が原告会社に対してした前記各処分に関する事務を承認するに至つたので、原告は、雪谷税務署長を被告として、右各処分の取消しを求める。

第三被告の答弁

原告主張の請求原因事実中、原告会社がその主張の各債権を貸倒れとして損金に算入したことが適法な事由に基づくものであること、原告会社の債権放棄をした日が本件係争事業年度中であることは、いずれも、否認するが、その余の主張事実は、すべて、これを認める。

(一)  法人が国庫の損失において自己の利益を放棄し、これに対する課税を免かれることは、税法上容認されないところであるから、法人の有する債権を貸倒れとして損金に算入することが許されるためには、単に債務者において債務超過の状態があることだけでは足らず、当該事業年度中に債権の弁済期が到来し、かつ、債務者において破産・和議手続の開始、失踪、事業の閉鎖、刑の執行等による債務超過の状態が相当期間継続し、他から融資を受けることが不可能で、衰微した事業を再建する公算がたたず、しかも、債権者において強制執行等の手続をとつたが債権の支払いが得られなかつたこと、その他これに準ずる事情が生じ、債権回収の見込みのないことが確実になつた場合でなければならないと解すべきである。

いま、本件についてこれをみるのに、原告会社の田中英雄に対する貸金債権中三三六万五、七六八円については、田中四郎が保証債務を負担していることは、原告の自認するところであり、同人には宅地建物等右債務を弁済するに足る資力があり、残余の一五万六、八一四円についても、これに見合う英雄所有の自動車(ハイゼツトキヤブ)および電気製品等の資産が残存していて、原告会社が翌期にこれらの資産を取得していることからみても、回収不能の状態にあつたものとは到底認められない。

また、三祐建設工業株式会社は、商号を名豊化成工業株式会社と変更して存続しているので、原告会社の三祐建設工業株式会社に対する手形金債権が回収不能の状態にあつたとはいえない。

そればかりでなく、原告会社が田中英雄および三祐建設工業株式会社に対して債権放棄の意思表示をしたのは、翌事業年度である昭和四一年二月一九日であるので、この点からみても、原告会社のした損金算入は、許されないものというべきである。

第四証拠関係

(原告)

甲第一、第二号証、第三号証の一ないし三、第四号証、第五ないし第七号証の各一、二、第八号証の一ないし四、第九号証の一ないし一五、第一〇号証の一ないし五、第一一号証の一ないし一〇、第一二ないし第一四号証、第一五号証の一ないし六、第一六号証の一、二、第一七号証、第一八号証の一ないし一四、第一九、第二〇号証の各一、二、第二一号証提出、乙号各証の成立肯認、証人田中通業、田中うめこと田中マス子、斉藤嘉三(第一、第二回)、湯上光昭の各証言および原告代表者田中四郎尋問の結果援用

(被告)

乙第一ないし第三号証の各一ないし三、第四ないし第六号証第七号証の一、二、第八号証、第九号証の一ないし四、第一〇、第一一号証の各一、二提出、甲第二号証、第三号証の三、第七号証の一、二、第八号証の一ないし四、第九号証の一ないし一五、第一〇号証の一ないし五、第一一号証の一ないし一〇、第一二、第一四号証、第一五号証の四の成立不知、その余の甲号各証の成立肯認、証人斉藤嘉三の証言(第一回)援用

理由

本件各処分のなされるに至つた経緯が原告主張のとおりであることは、被告の認めて争わないところである。

(一)  そこで先ず、大森税務署長がした原告会社の田中英雄、三祐建設工業株式会社に対する各債権の損金算入否認の適否について判断する。

およそ、法人がその有する債権を貸倒れとして損金に算入することが許されるためには、被告主張のごとき事由がなければならないものと解すべきところ、成立に争いのない甲第一号証、第一六号証の一、二、証人田中マス子の証言および原告会社代表者田中四郎尋問の結果によれば、原告会社の田中英雄に対する貸金三三六万五、七六八円は、もともと、原告会社が上下水道工事の請負業とともに営んでいた家庭電気製品販売部門を分離してこれを英雄に引き継がせるにあたり、営業資本として貸し付けたものであるが、その弁済期は昭和四九年一月三一日と定められている、もつとも、これには月一万六、八二八円の利息の支払いを一回たりとも怠つたときは元利金を一時に支払うべき旨の特約の付せられていることを認めることができる。しかし、該特約は、右貸金の前叙のごとき性格と原告会社がいわゆる同族会社であつてその代表者の田中四郎と田中英雄とが親子の関係にあるという原告の明らかに争わない事実とを併わせ勘案すれば、利息の支払いを一か月でも怠れば当然に期限の利益を失うというのではなく、債権者たる原告会社の請求をまつてはじめて期限の利益を失う趣旨であると解すべきである。ところが、本件係争事業年度以前に右貸金につき原告会社において履行の請求をしたとかその他期限の利益の喪失を来たすべき事由が発生したことを肯認しうるに足る証拠はない。されば、右貸金債権は、本件事業年度においてその弁済期が到来していたものとはいえない。

そればかりでなく、右貸金三三六万五、七六八円については、四郎が保証人になつており同人が大田区調布大塚町において宅地一八七・五三平方メートル(五六・七三坪)と二階建の店舗兼住宅一棟床面積一七五・四〇平方メートル(五三・〇六坪)を所有していることは、原告の自認するところであり、また、成立に争いのない甲第一五号証の三、第一六号証の一、二、乙第二号証の一、証人田中マス子の証言および原告会社代表者田中四郎尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一、二、第八号証の一ないし四、第九号証の一ないし一五、第一〇号証の一ないし五、第一一号証の一ないし一〇、第一二号証、証人田中マス子の証言、原告会社代表者田中四郎尋問の結果によれば、四郎は、本件係争事業年度中原告会社から役員報酬として月額一二万円の給与と家賃として月三万円の支払いを受けることとなつている(もつとも、昭和四一年一月までの間に家賃一〇五万円が未収となつている事実を認めることができるが、これは、賃貸人の四郎が原告会社の代表取締役であるという特殊な事情から、賃貸人において請求をしなかつたまでのことであるので、右家賃未収の事実があるからといつて、同人の弁済能力に消長を来たすものではない。)ほか、車庫賃貸料として月額二万円余の債権を有しており、妻マス子も、原告会社の監査役として月二万四、〇〇〇円の給与収入があり、二男一女はすでに独立し、扶養家族としては四男(昭和一九年生)、次女(昭和二一年生)の二人にすぎないことが認められるので、四郎において前記保証債務を履行する資力が全くなかつたものとは認定し得ない。もつとも、原告主張のごとく、同人は、英雄の行方不明により、英雄の城南家電株式会社、城南シャープ販売株式会社等の取引先に対する合計六五〇万円前後の債務を弁済せざるを得ないところから、自己の預貯金、生命保険の解約による返戻掛金や親戚、家族等の援助によつてようやくこれを完済し、また、原告会社が前記建物の一部をその営業所としていることは、前掲各証拠によつて認められるが、かかる事実は、ただそれだけで、右認定を妨げる事情とはなし得ない。

なお、原告会社の田中英雄に対する貸金債権三五二万二、五八二円のうち右四郎が保証をしていない一五万六、八一四円については、成立に争いのない乙第九号証の二、三、証人田中マス子の証言によれば、原告会社が翌事業年度において英雄所有の自動車(ハイゼツトキヤブ)を一五万円、電気製品を九万一六四円とそれぞれ評価して引きとつている事実を認めることができるので、本件係争事業年度においても右債権が回収不能の状態にあつたものとはいえない。

また、三祐建設工業株式会社に対する約束手形金二三万円についてみるのに、成立に争いのない乙第七号証の一、二、第八号証によれば、右会社は、目黒区下目黒二丁目二五八番地において営業していたが、昭和四〇年三月三〇日商号を株式会社共栄商会と変更(同年四月二日登記)するとともに同日(同年三月三〇日)本店を名古屋市昭和区円上町三丁目一一番地に移転(同年四月一五日登記)し、さらに、昭和四二年一月五日商号を名豊化成工業株式会社と変更して本店を名古屋市瑞穂区雁道町二丁目一五番地に移転し(商号変更、本店移転とも同月一一日登記)、同所においてビニール成型加工、販売等の営業を継続していることが認められるので同社の振り出した二三万円の約束手形が不渡りとなつたとはいえ、原告会社が債権確保の手段を講じた旨の主張・立証のない本件においては、右手形金債権は、その回収の見込みのないことが確実であつたとはいえない。

(二)  次に、本件更正処分の更正通知書に理由を付記しなかつたことが違法であるかどうかについて判断する。

青色申告書に係る法人の課税標準等の更正をするにつき更正通知書に更正の理由付記すべきことを命じた法人税法一三〇条二項の規定は、同法が青色申告書の提出を、その旨の承認の申請をした法人で同承認を受けたもの(一二一条参照)又は当該事業年度終了の日までに右申請に対しなんらの処分をも受けなかつたもの(一二五条参照)に限つて認めていることに鑑み、青色申告法人が青色申告書によつて確定申告をした場合に適用されるのであつて、青色申告法人でないものに対しては、たとえ原告主張のごとく、その法人が青色申告法人の備え付けているのと同様の帳簿書類を備えつけてこれに取引を記録し、かつ、青色申告書用紙をもつて確定申告したとしても、同条の適用はないものと解すべきである。

そして、本件係争事業年度以前の法人税の申告につき、原告会社が青色申告書提出の承認を受けていないことは、当事者間に争いがなく、もとより大森税務署長においては、原告会社を青色申告法人として取り扱つた事実のないことも、成立に争いのない乙第一一号の一、二に徴して明らかである。されば、大森税務署長が本件更正処分をなすにあたりその通知書に更正の理由を付記しなかつたことについて違法をもつて論難することは、当らないものというべきである。

よつて、本件各処分には原告主張のごとき瑕疵はないので、原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 園部逸夫 裁判官 竹田穣)

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